山田邦子の全盛期はいつ?若い頃の人気の凄さと昔のギャラを調査

2022年12月18日に開催される「M-1グランプリ2022」に山田邦子さんが審査員として出演することが決まりました。

若い頃は超売れっ子だったという大ベテランの山田邦子さんですが、どんな活躍をしていたのか知らない方もいらっしゃいますよね!

山田邦子さんの全盛期は80~90年代で「オレたちひょうきん族」などのバラエティ番組で活躍していたそうです。

今回は、山田邦子さんの全盛期の人気エピソードや、若い頃ギャラはいくら貰っていたのか最高月収について調査してみました。

この記事を読まれている方はこのような疑問をお持ちではないでしょうか。

山田邦子の全盛期はいつ?
ギャラは最高でいくらだった?

この記事を読むことで以下のことがわかります
  • 山田邦子の全盛期の活躍や人気エピソード
  • 山田邦子の最高月収の金額
目次

山田邦子の全盛期はいつ?売れた時代がすごかった

「M-1グランプリ2022」の審査員をお笑いタレントの山田邦子さんが務めることになり話題になっています。

【名前】山田 邦子(やまだ くにこ)
【生年月日】1960年6月13日(62歳)
【出身地】東京都
【職業】お笑いタレント、漫談家、女優、司会者、小説家
【所属】アスリート・マーケティング
※2022年12月時点

山田邦子さんは、お笑いタレントとして1980年代から活躍されています。

<山田邦子の全盛期>
◎1980年~1995年頃

・週14本のレギュラー番組を持つ
・好きなタレント8年連続1位
・小説家デビュー

全盛期は1980年~1995年頃で、多数のテレビ番組に出演して人気を博していました。

山田邦子さんがどのような活躍をしていたのか見ていきます!

週14本のレギュラー番組

当時、山田邦子さんが出演するテレビ番組は、どの番組も人気になり話題になりました。

それと当時に多くのテレビ番組にレギュラー出演し、週に14本もレギュラー番組を抱えていたそうです。

▼主な出演番組
『オレたちひょうきん族』
『クイズ!年の差なんて』
『MOGITATE!バナナ大使』
『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』
『邦子がタッチ』
『山田邦子のしあわせにしてよ』…など

山田邦子さんの名前が入った冠番組を持つなど、忙しすぎて民放の各局に山田邦子さん専用の仮眠室があったそうですよ。

家に帰る暇もないほどの超売れっ子だったことが伺えますよね!

好きなタレント8年連続で1位

NHKが行っていた「好きなタレント調査」で、山田邦子さんは8年連続で1位という記録もあるんです!

「好きなタレント調査」
8年連続で1位(1988~1995年)

当時、ゴールデンタイムに冠番組を持っていた女性お笑いタレントは山田邦子さんだけだったといいます。

そして「女性芸人のなかで初めて天下を取った」とも言われていますよ。

8年連続で好感度を維持することは、簡単じゃないですよね!

小説家デビュー

山田邦子さんは1990年に小説家として『あっかんベーゼ』でデビューを果たしています。

2作目の『結婚式』はベストセラーとなり、発行部数は40万部を突破しています!!

著:山田 邦子
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山田邦子さんのその他の小説や随筆作品はこちらです。

▼主な小説
・『同窓会』
・『ヘアメイク神井結の芸能界ミステリー案内』
・『成田空港物語』
・『オバサン・レディ』…など

▼主な随筆
・『センセーショナル邦子ギャグダンス気分はいつもクニコビイサイズ』
・『邦子の「しあわせ」哲学』
・『生き抜く力』…など

小説以外にも、自身の体験や先輩タレントとのエピソードを語った著書も出版されていますよ。

著:山田 邦子
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山田邦子はなぜ売れっ子に?人気のエピソード

山田邦子さんはどのようにして大人気タレントになったのでしょうか。

人気のエピソードをご紹介します(^^

「オレたちひょうきん族」

フジテレビ系列で放送してた「オレたちひょうきん族」に、山田邦子さんは番組開始の初期から末期まで出演していました。

「オレたちひょうきん族」
・1981年~1989年まで放送のお笑いバラエティ番組
・ビートたけし、明石家さんま、島田紳助などが出演

番組内の企画「ひょうきんベストテン」で、薬師丸ひろ子さんや島倉千代子さん、松任谷由実さんなどのモノマネを披露して大人気となったそうです。

他にも、山田邦子さんが担当していた「ひょうきん絵描き歌」もとても人気があったそうですよ。

このように山田邦子さんが出演する企画が大ヒットして人気者になっています(^^

やまだかつてないWink

「やまだかつてないWink(ウインク)」は、当時人気だったWink(相田翔子・鈴木早智子)のパロディユニットです。

1991年に放送の『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』から誕生したユニットで、リリースしたシングル曲「さよならだけどさよならじゃない」が大ヒットしています♪

Wink・相田翔子さんは、山田邦子さん自身のモノマネレパートリーの1人でした。

本家と同じように歌ってみたいと思ったことがキッカケで「やまだかつてないWink」が生まれたそうですよ。

ちなみに、山田邦子さんの相方は横山知枝さんで、一般視聴者からオーディションで選ばれています。

バスガイドのネタ

山田邦子さんは、素人時代にバラエティ番組『笑ってる場合ですよ』の「お笑い君こそスターだ!」というコーナーに出演しています。

「笑ってる場合ですよ」
1980年~1982年に生放送されていたバラエティ番組

持ちネタであったバスガイドネタを披露して、山田邦子さんはチャンピオンに輝いています!

バスガイドのネタは、山田邦子さんの伝説のネタとも言われています。

1981年にはバスガイドネタの『邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド篇)』でレコードデビュー。

自身のギャグ「右手をご覧ください、一番高いのが中指でございます」が大人気となったそうです(^^

また、山田邦子さんのギャグから「ぶりっ子」が1981年の流行語になったと言われており、山田邦子さんの影響力や人気ぶりが伺えますよね!

山田邦子の若い頃の最高ギャラはいくら?

全盛期ではレギュラー番組を週14本も抱えていた山田邦子さんですが、どのくらいのギャラを貰っていたのか気になりますよね。

山田邦子さんが全盛期に貰っていたギャラは「1億円」だそうです!

<山田邦子の全盛期>
月収は1億円だった!!

この最高月収については、山田邦子さんが「じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~」に出演したときに自身で語っていたことなんです。

「デパートの大きな袋に入って。

1億円でこのくらい、ピン札で」と

札束の高さを手振りで表し

「月収ね」と説明。

スポニチアネックスより一部引用

年収ではなく「月収」で1億とはびっくりしますよね!

当時、山田邦子さんが所属していた事務所・太田プロでは現金での手渡しだったそうです。

また、山田邦子さんが活躍していた時代ではもっと稼いでいた人が沢山いたそうで、山田邦子さんで真ん中くらいの稼ぎだったとも語っていました。

まとめ

山田邦子さんが活躍した全盛期の人気エピソードや最高ギャラはいくらだったのかについてまとめました。

山田邦子さんは1980年~1995年頃が「全盛期」だと言われており、お笑いタレントとしてデビューした当時から人気を博しています。

全盛期にはレギュラー番組が週14本あり、好きなタレントランキングでは8年連続で1位を獲得するなど超売れっ子でした。

山田邦子さんが人気者になったのは、出演していたバラエティ番組「オレたちひょうきん族」「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」などの企画が大ヒットしたのがきっかけです。

また、山田邦子さんの若い頃の最高月収は「1億円」だったと言い、現金で手渡しされていたと自身が語っていました。

M-1グランプリ2022の審査員に選ばれて注目されている山田邦子さんですが、全盛期の活躍がすごいですよね(^^♪

最後までご覧くださってありがとうございました。

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